■■ 米国を揺るがすヒスパニック・パワー ■■

はじめに

今春発表された米国の国勢調査によると、ヒスパニックの人口が全米人口の12.5%の3,530万人に達し、黒人の12.3%を抜いて米国最大のマイノリティー集団に浮かび上がった。つまり、過去10年間に60%もヒスパニック人口が膨れ上がったことになる。ヒスパニックとは、スペイン語を母国語とする中南米系のアメリカに住む住人のことだが、実質上は白人、黒人、黄色人種、混血と横断的な人種を意味する。そのため、ヒスパニックと答えた米国人のうち、人種的には白人と回答したものが48%になっている。

ヒスパニックという言葉はスペインとの植民地時代の名残りが感じられるので、「ラティノ」(latino)というラテン・アメリカとの繋がリを重視する言葉が好まれる傾向もあるようだが、ここでは統一して「ヒスパニック」(hispanic)を用いる。

21世紀のアメリカを理解する上で、このヒスパニックがキーワードになると言っても過言ではない。本書では、まず手始めに、米国のセンサスの統計数値を使って現状の人口分布を地域面から把握することから始める。ヒスパニックは主に大都市に移り住む傾向が強い。メキシコ人が最も多く住む米国と国境を接するカリフォルニア州(1.,011万)を筆頭に、米国の自由連合州であるプエルトリコ人がスパニッシュ・ハーレムを形成するニューヨーク州(262万)、そしてマイアミが現在ラテン・アメリカへのゲートウエイとして中南米金融の中心地として注目され多くのキューバ人が住むフロリダ州(224万)を、ヒスパニックを代表する三大集団として取り上げる。

次に、その旺盛な消費意欲に支えられる購買力は、今やメキシコのGDP(国内総生産)に匹敵する規模にまで膨れ上がっている。この今後確実な成長が見込めるヒスパニックマーケットを、スペイン語を駆使するメディアの攻勢や電話会社、消費材メーカー、金融機関、製薬メーカーなどの米国企業が展開するマーケティングを通じて理解すると分かりやすい。特にインターネットを使った企業のマーケティング事例を取り上げて解説を試みる。

ヒスパニックの特徴の中で以下の点が注目される。

ヒスパニックは、アジア系アメリカ人と比較して言語的にはスペイン語という共通言語を有するので、中南米の多様性を維持しつつ統一性は高い。しかし、かならずしも一枚岩ではない。メキシコ人は、キューバ人やプエルトリコ人とは異なる反応をみせる。マーケティング面では、たとえば企業が広告展開する場合は、スペイン語の使われ方、感性、文化的な違いを考慮して注意深くメッセージを伝える必要がでてくる。

平均的な米国人と比べて、人口増加率が高く、大家族で平均世帯構成人数が多く、また、若年労働力が豊富である。これはとりもなおさず、ヒスパニック市場が今後有望であることを物語っている。スペイン語はもはや米国内では外国語ではなくなっている。スペイン語が理解できれば就職の機会も増えることを意味する。

そして、最大の特徴は、英語を話し主流文化に溶け込むことがなく、スペイン語のみによる地域社会を形成し、自分たち独自の文化や価値観を維持して出身国であるラテン・アメリカと緊密な接触を保つことにある。つまり、ヒスパニック系が持つラテン文化、音楽からファッションまで「かっこいい、センスがいい」といわれるほどになり、近年はますます彼らの持つ独自の文化的伝統に自信を持ちはじめている。一方で、保守的な米国人の間では、英語よりもスペイン語を話すことに固執し、米国の持つ伝統文化と合わず、自分達のものを押し付けるようになりはしないかと危惧している。

最後に、このマイノリティー集団が政治力を増し、共和党、民主党にかかわらずヒスパニック票を選挙でどう取り込むかが勝敗の分かれ目になりつつあることは見逃せない。