オトキータのメキシコ運転日記(3)
−愛車盗まれる!−

愛犬エムカがいなくなって間もなく、私の愛車“黒のカブトムシ”も、忽然とその姿をくらましてしまった。日頃の働きに対する“感謝”を込めて、わずか数日前、大金をはたいて点検&部品交換を済ませたばかりだったというのに。走行距離はざっと1万キロ。

前の晩は、日本帰国を間近に控えた某商事会社の駐在員K氏の送別会。“もうエムカが出迎えてくれることのない”我がアパートへと戻ったのは、夜中の1時過ぎであった。車をガレージに入れようと門を開けたら、ダンボール箱が山積みとなって置かれていた。

(げっ、こんなにたくさんの箱、ひとりじゃ動かせない。)

当時、私が借りていた空港近くの3階建てアパートは、1階と3階が会計事務所になっていて、住居として使用していたのは2階に住む私だけ。ダンボールの中身は会計の専門書らしかった。仕方なく、アパート正面に車を寄せる。そして、いつものように、盗難防止用の“バストン”〔*伸縮自在で鍵穴の付いた十手の形をした鉄棒〕をハンドルにしっかりと噛ませ、アラームをオンにしてから部屋に入った。

翌朝。
眠い目をこすりながら外に出ると、昨晩停めたはずの場所に車がなかった。

「…………。」

寝ぼけていたせいか状況が把握できず、ただただ玄関前に立ちつくしていた。とそこへ、会計事務所と隣り合わせの1階で、美容室を経営しているおばちゃんがやってきた。

「ブエノス・ディアス!(おはよう。) これからお仕事? あら? 車はどうしたの? あ、またぶつけてタジェール(修理工場)に預けてるんでしょ? まったく! ハハハ…」

「…………。」

「あらやだ、もしかして盗まれちゃったとか?」

「!!!」

ここにきて、ようやく事の重大さに気がついたオトキータでありました。

私がアパート前に車を乗り入れた時、路上にはすでに多くの車が停められていた。ビンボー人愛用のワーゲンよりも高く売れそうな車がたくさんあった。それなのに、あぁそれなのに。毎日のように路駐してある、よりどりみどりの車には目もくれず、その日に限って置いてあった“我が愛しのカブトムシ”に白羽の矢を立てるとは。もしかして犯人は、熱狂的な私のファン? (オイオイ…。)

今頃はバラバラにされ、部品ごとに売られてしまったであろうと分かっていても、黒いワーゲンを見かけると、ついついそのナンバーを確かめてしまう。またひとつ悲しい習性が身についた哀れなオトキータであった。

                              (完)        


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