■■Panchitoのラテン音楽ワールド■■

Archivo #004
コーヒーの本と「コーヒー・ルンバ」のはなし

「コーヒーの事典」
(日本コーヒー文化学会編、
2001年12月、柴田書店)
 主な項目:「アミノ酸」「アラビア半島」「エスプレッソ」「カフェ・オ・レ」「コーヒー・ポット」「サイフォン」「スターバックス」「生豆」「ブラジル」「モカ」など
<他にコーヒーの歴史、日本の輸入量、フレイバー、容器の変遷などの別項目あり>

 今回は本の話題。原産はエチオピア付近とされるが、18世紀からラテンアメリカ地域で大規模に栽培され、世界的な飲料として普及したコーヒー。日本でもコロンビア、ブラジル、コスタリカ、グアテマラ産のものがお馴染みだろう。そんなコーヒーに関連を持つありとあらゆるテーマを集めて事典にしたのがこの本。さまざまな専門家によって多岐に渡る分野の用語が並ぶので、ランダムに読んでいっても充分面白い。早速音楽との関連で、ラテンの名曲「コーヒー・ルンバ」の項目をのぞいてみる。...<<作曲マンソ・作詩中沢清二。コーヒーの魅力とムードをもっともロマンチックに表現した美しい歌。>> う〜ん...専門家の私としてはこれだけではちと不満。

 西田佐知子(現関口宏夫人)、荻野目洋子、井上陽水とこれまで3度にわたって日本でリバイバル・ヒットしたこの曲は実はベネズエラ産。原題は "Moliendo cafe"(コーヒーを挽きながら)といい、作曲者ホセ・マンソ・ペローニの甥であるアルパ奏者ウーゴ・ブランコの演奏するレコードが1961年にヒット、ほどなく西田佐知子の日本語盤が出てさらにポピュラーな曲となった。

 ウーゴ・ブランコによる原詞は「日が暮れていく頃、闇が再び姿を現す/静けさの中コーヒー農園はそのコーヒーを挽く音に悲しい愛の歌を再び感じ始める/それはまるで無気力な夜の中、嘆き悲しんでいるかのよう/一つの愛の苦しみ、一つの悲しみ/それは給仕のマヌエルが持ってくるコーヒーの苦みの中にある/コーヒーを挽きながら、終わることのない夜が過ぎていく」という哀愁漂うもの。ところが上記3種の日本語盤の歌詞はいずれも「昔アラブの偉いお坊さんが/恋を忘れた哀れな男に/しびれるような香り一杯の/琥珀色した飲み物を教えてあげました...コンガ、マラカス、楽しいルンバのリズム/南の国の情熱のアロマ/それは素敵な飲み物コーヒー モカマタリ」といった原作者もびっくりの無国籍風。そもそもこの曲はルンバではなく、ウーゴ・ブランコが発明したオルキデアというリズム形式の曲だったのだが、ルンバに似ているので日本側で「コーヒー・ルンバ」と改称、初めから日本人の手がずいぶん加わっている曲なのであった。

 しかしさらに原作者を卒倒させるであろうバージョンがもう一つ存在する。それは日本のラテン歌手アントニオ古賀が歌い、コミック・ソングの古典とも言われるその名も「クスリ・ルンバ」。「アリナミン、エスカップ、オロナイン、パンビタン/オロナミン、グロンサン、ルピット、チオクタン...」といった具合で、「コーヒー・ルンバ」のメロディーにのせてひたすら薬の名前を並べるというもの。もともとシングル盤で71年に発売、のちに「クスリ・ルンバ Part 2」も出ているらしいのでそれなりのヒットだったのだろう。ラテン曲のカヴァーによるコミック・ソングは珍しい。

 その他内外のラテン演奏家・歌手もたくさん録音しているが、やはりオリジナルに勝るものはない。ウーゴ・ブランコの演奏はかなり長い間カタログに残っていたが、CD時代に入ってからは一度出て廃盤になったままだと思う。同じ時期にウーゴ・ブランコ伴奏で男性歌手ネルソン・ビジャルバが歌った準オリジナル盤もあったが、こちらはLPで一度発売されたきり。その他のカバー・ヴァージョンではヘスス・オロアルテ(現在は日本でチューチョ・デ・メヒコとして活動)の見事なアルパ演奏をフィーチュアしたトリオ・ロス・デルフィネスの東芝録音が素晴らしい。が、これも残念ながら未CD化のまま。ということでお薦めは現在簡単には聞けないのだが、ラテン名曲集などにはよく入っている曲目だ。聞けば日本人が好みそうな明るいリズムとセンチメンタルなメロディーを持っていることがわかるはず。「コーヒーの事典」と合わせて楽しめばなおいいかも。さらに自分でコーヒーをいれて味わえば....でも実は私、コーヒーを飲まない人なのでした。悪しからず。