Archivo #005
ただ一度ユカタンの地に降り立ったことがある。といってもメキシコ・シティからキューバのハバナに向かう途中、出入国のハンコを押すために空港内を歩いただけなのだが、明らかにマヤの血を引き、背が小さくてほとんど首がない空港職員の人たち、窓から見える深く延々と続く森林がシティとは大きく異なるメキシコをかいま見せてくれた。 以来その地を訪れる機会は得ていないが、ユカタン音楽の独特の味わいにはずっと魅かれ続けている。植民地時代を思わせるヨーロッパ的な優雅さ、カリブ海を渡ってきたキューバ音楽の影響...実際にはマヤ諸民族の音楽的影響はそれほど大きくないのだろうが、太古からのマヤの伝統がそこに流れこんでいるのではないかと考えたくなる人の気持ちは分かる。 ラテンアメリカ地域で音楽が商業ベースでレコードに録音されるようになるのは1900年代後半頃からのこと。しかしメキシコ・シティに録音スタジオが出来るのは1930年頃のことだそうで、それまではアメリカから録音隊が出張してきたり、アーティストがテキサスやニューヨークまで出かけていったりして録音を行なっていた。まさにその時代のユカタンを代表するアーティストの録音を貴重なSP盤から復刻したのがこのCD。かつてロス・トレス・ディアマンテスの名唱でも知られた名曲「マヤブの旅人」の作曲者である歌手グティ・カルデナス(「マヤブの旅人」発表後すぐ亡くなったため、自作自演は存在しないが、このCDにはもう一つの代表作「フロール」が収録されている)が一番有名なアーティストだが、グティの録音はこれまでにもメキシコSonyとアメリカのAlma Criollaレーベルから1枚づつ復刻盤が出ている。その意味ではむしろもう一人の大物ペペ・ドミンゲスの自作自演「青い鳥」とか、そのペペも参加したキンテート・メリダ、さらにトリオ・ユカテコ、デゥエット・メディサラスなど惜しくも歴史に名前を残すに至らなかったさまざまなグループの録音が貴重で、当時のユカタン音楽のイメージを増幅させてくれる。形式はキューバ渡来のクラーベ、ボレロ、ルンバなどだが、コロンビアの国民的音楽として知られるバンブーコの形式で書かれた曲が非常に多いのも興味深い。 このCDはLIRIO AZULというカリフォルニアの小さな会社が出したもので、他にもラテンアメリカの古い音源を復刻して出している。以前は通信販売のみで、しかもweb ページに「海外への発送については責任を持ちません」とか書いてあったのだが、現在このユカタン曲集と、二重唱ラウリータ&ライの「カンシオン・ランチェラの誕生」("El nacimiento de la cancion ranchera 1936-1937")という2点だけがAMAZON.CO.JPで入手可能。 |
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