■■Panchitoのラテン音楽ワールド■■

Archivo #014
54番街〜ラテン・ジャズ今昔

DVDジャケット:"Calle 54" MIRAMAX(USA) 22597

CDジャケット:EMI=Chrysalis(EU) 724352989829 "Calle 54"

 "Calle 54"(54番街) という映画を観た。北米で発売されてから少々時間が経って いるのだが、今まで観る時間がなかったのだから仕方がない。でも内容が素晴らしいのでいとわずご紹介することにしよう。

 監督フェルナンド・トルエバはスペイン人。アントニオ・バンデラス主演の「あなたに逢いたくて」他日本で封切られた作品もあり、その筋ではけっこう知られた人らしい。この監督がとにかくラテン・ジャズが好きなのだそうで、この作品 "Calle 54" にはそのマニア的な視線が反映されている。だから映画ならではのカット割りやきちっとした照明を使用しながらも、余計なストーリーは仕立てずに、ひたすら演奏しているところを見せるという、音楽好きにとってはうれしい構成なのだ。ニューヨークを中心にラテン・ジャズ界の大物が次々に登場しては、自分の人生や音楽を語り、演奏に入る。ほとんどの演奏は途中にナレーションすら入らず、全曲完奏されるのだ。

 最初に登場するのはキューバから亡命してきたサックス/クラリネット奏者のパキート・ド・リベラ。アフロ・キューバ宗教音楽に使うバタ・ドラム、タンゴの楽器バンドネオン、ベネズエラの弦楽器クアトロを交えたユニークな作品のタイトルはずばり「パナメリカーナ」。異色の楽器の組み合わせが興味深い。

 続いてボサノーヴァ系のイリアーヌ、フラメンコとジャズの融合をはかるチャノ・ドミンゲスとピアニスト中心の演奏が続くが、この辺は軽いジャブといったところ。エンディングの演奏も担当するジェリー・ゴンサレスはフリューゲル・ホーンでクールにストレートなジャズを演奏したかと思えば、ルンバのリズムで5本のコンガをあやつる異才。彼のグループはジャズ/ブルースとキューバン・リズムをダイレクトに結びつけようとしている点で他のアーティストの姿勢とは少し異なっている。その後にはめくるめくリズムの洪水で圧倒するドミニカ出身ミシェル・カミーロがトリオで登場。最初のCDを出した時から彼の音楽が好きだった私にはうれしい映像。

 ここで雰囲気が一転してガト・バルビエリの登場。1970年代映画「ラスト・タンゴ・イン・パリ」のサウンドトラックを始めとして映画音楽で一躍知られたアルゼンチン出身のサックス奏者だが、「長いブランクがあった」という本人の言通り、やや精彩を欠く。アンデス調のユニークな作品は、キューバ系が多いこの映画にあって新鮮なのだが。

 さらに一転、自分の名前を関したレストランの壁に描かれた先人たちについて嬉しそうに語るのは御大ティト・プエンテ。ニューヨーク生まれのプエルトリコ系ティンバレス奏者であるプエンテはマンボ黄金時代から活躍、映画「マンボ・キングス」で「マンボ・キング」役を演じてもいたが、一般の北米人にとってはラテン演奏家の「顔」であった(そういえばアメリカの人気アニメ「ザ・シンプソンズ」にプエンテが登場したことがあった。アニメのプエンテはなぜかコンガを叩いていたけど)。長年共演していたミュージシャンと共に、普段より少しジャズよりの演奏を展開する。それにしてもこの撮影からほどなくして彼が死を迎えるなんて誰が予想しただろう(2000年5月31日逝去)。

 続いて舞台はキューバになり、かつてオープニングの演奏者パキートも在籍したキューバ伝説のバンド、イラケレのリーダーだったピアニスト、チューチョ・バルデスが登場。知らない人にはプロレスラーか野球選手にしか見えない巨体に似合わぬ繊細さと、見たまんまの力強さを兼ね備えたピアノ・ソロはちゃんとキューバの伝統を踏まえたものだ。

 真のハイライトはここから。1940年代後半から始まったキューバン・リズムとジャズの語法の融合を試みる中で完成されていくアフロ・キューバン・ジャズ。そのクリエーターの1人である、編曲家チコ・オファリルが自己のビッグバンドを指揮し、かつての歴史的作品「アフロ・キューバン・ジャズ組曲」を再演しているのだ。初めはニューヨークのジャズ・クラブ「バードランド」でのライヴ映像なのだが、曲が始まるとスタジオでの収録に切り替わり、色もモノトーンに変化するという演出も面白い。昨年オファリルが世を去ってしまったのでこの映像はさらに貴重なものとなった。

 次はチューチョ・バルデスの父にして、キューバ革命以前には野外大劇場「トロピカーナ」のオーケストラを指揮していた82歳のベボ・バルデスが登場。ベボは1952年に初めてキューバン・リズムによるジャズ・セッション(デスカルガ)を録音に残した人物でもある。舞台が北欧なのはベボが公演中にその地の女性と恋に落ち、定住したから。そのベボがニューヨークで共演するのは、誕生日がわずか20日違いという伝説のベーシスト、カチャオ(イスラエル・ロペス)。カチャオはここ数年脚光を浴びており、CDやビデオもたくさん出ている。2人で演奏するのはキューバ音楽古典中の古典「黒い涙」。演奏後カメラに向かって子供のように "Siete! Siete!"と繰り返すさまが微笑ましい(国によってもいろいろあるが、キューバでは写真を撮る時の「チーズ」のことを「シエテ」というらしい)。

 ここでまたが雰囲気が変わり、アフロ色の濃いルンバが披露され、ベテラン・コンガ奏者パタートが登場。数年前に手を痛めてから演奏に精彩を欠いているが、残念ながらその印象は今回もあまり変わらない。達者なルンバのダンスやソロ・ボーカルにだいぶ助けられているな、という感じだ。

 再びベボ・バルデスが登場し、今度は息子のチューチョ・バルデスとのピアノ・ドゥオ。クラシカルな雰囲気を漂わせながらも、楽しそう。しみじみとした雰囲気でエンディングに突入、さらっとクールな終わり方も監督のセンスだろう。

 アルトゥーロ・サンドバル、モンゴ・サンタマリアなどいくつかビッグ・ネームを欠いてはいるが、もはや故人となってしまったアーティストも含まれており、観る価値は充分にある。DVDは米版なのでリージョン・コードの問題があるが、ビデオも出ているはずだし、サウンドトラック盤CDは2枚組で、3曲の映画未使用曲を含んでいる。ただいずれも日本版がないのは残念。出演者のリアリティが素晴らしい反面、ストーリーを作り込んだ感じの「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」に比べると、全体の印象はドライだが都会的なカッコよさがこの映画にはある。