■■Panchitoのラテン音楽ワールド■■

Archivo #020
ラテンアメリカのクリスマス・ソング

 12月に入ると町中に流れるクリスマス・ソング。ふだんそれほど宗教心に厚くない日本人が、クリスマスだけやけに盛り上がっている姿は外国人には奇異にうつるらしい。ふだんはそれほど信心深く見えなくてもやっぱりラテンアメリカはカトリックの国。クリスマスの行事はとても重要な位置を占めている。

 ラテンアメリカでクリスマス(Navidad)という場合、クリスマス・イヴ(Nochebuena)と生誕当日だけではなく、少なくとも1月6日のDia de los Reyes Magos(キリストの誕生を知った東方の三賢者が贈り物を持ってキリストのもとにたどり着いた日)までが一まとまりと考えられている。日本ではクリスマス・プレゼントは通常イヴに渡されることが多いが、ラテンアメリカでは今でも本来贈り物をしていた1月6日に行っているところも多い。さらに他の行事と組み合わさって、コスタリカのように12月1日から2月2日までクリスマスの行事が続くところもあると言う。

 期間だけではなく、それぞれの地域では独特のクリスマスの習慣がある。その中でもメキシコの「ポサーダス」(Posadas)は有名だ。子供たちが夜間に歌を歌いながら家々を回るものだが、中米やカリブにも違う名前で似たような習慣が数多く残っている。お菓子やおもちゃが入った派手な色のくす玉「ピニャータ」もメキシコの名物だ。メキシコの先住民がお祝いの時に食べていた七面鳥は北米でクリスマスの定番料理に変化し、メキシコ原産の植物「クエトラショチトル」(Cuetlaxochitl)は「ポインセチア」として広く世界でクリスマスの象徴となっている。

 ラテンアメリカ各地のクリスマスの習慣の詳述を含む "Navidad Latinoamericana - Latin American Christmas" (Charito Calvachi Wakefield, 1999, USA)という本によれば、他にもかなりバラエティに富んだ習慣が各地に残されて いる。その中ではグアテマラのQuema del Diablo(12/7)、エクアドルのQuema de los anos viejos(12/31)など、こ の時期に不用物、人形、メッセージなどを焼く習慣や、ドミニカのAngelitos、ホンジュラスのCachombosなど仕事場仲間の間でのプレゼント交換などが目立つ。甘みを加えたアルコール類を作る地域も多い。カリブ地域の豚の丸焼き(Lechon)に代表されるクリスマス名物の食べ物も各地に豊富だ。もちろん音楽だってバラエティ豊かである。

 ラテンアメリカで親しまれているクリスマス・ソングは大まかに言って2種類に分けられると言ってよい。まず第一は日本でもお馴染みの「きよしこの夜」「ホワイト・クリスマス」など世界中でクリスマス・ソングとして普及している曲。大半の曲にはスペイン語の詞がつけられており、タイトルももちろんスペイン語になる。

Silent Night→ Noche de paz

White Christmas→Blanca Navidad

Jingle Bells → Campanas de Navidad, Repican las campanas など

 スペイン語で歌うだけではなく、さらにこうした曲をラテン・リズムにアレンジしたケースも多い。ボレロ、マンボ、チャチャチャ、ボサノヴァやラテン・ジャズ・スタイルにアレンジしたものなど多彩。またアルパ、スティールドラム、ケーナ、マリンバなど民俗楽器の響きを生かした演奏もある。

 第2のパターンはラテンアメリカのオリジナルなクリスマス・ソングで、かなり古い時代から伝わっているものから、それぞれの地域独自の形式でクリスマスをテーマに新しく作られた楽曲まで幅広い。スペイン語圏で定番化している曲に、プエルトリコ人でアメリカで長く活躍するシンガーソングライター、ホセ・フェリシアーノ作のそのものズバリ「フェリス・ナビダー」 "Feliz Navidad"がある。形式はロック風だが、いろいろアレンジされて広く知られている。他にはメキシコのランチェラ「苦いクリスマス」(Amarga Navidad)、ボサノヴァ「クリスマス・プレゼント」(Presente de Natal)、ボレロ「今年のクリスマスはうちにおいで」(Ven a mi casa esta Navidad)、クンビア「黒いクリスマス」(Navidad negra)、アルゼンチン・フォルクローレ「フアニート・ラグーナのクリスマス」(Navidad de Juanito Laguna)、「アイ、パラ・ナビダー」(Ay, para Navidad)、その他数え切れないほどの曲がある。今回手持ちからクリスマス関連曲をリストにまとめてみたら、軽く500種類は超えていた(有名クリスマス・ソングのアレンジもの、同一曲の別アーティストの録音を含む)。

 またかなり古くからラテンアメリカに伝承しているクリスマス・ソングも目立つ。その中でもプエルトリコの白人農民が歌うアギナルド(Aguinaldo)は豊かな伝統を持つ。同地域を代表する民謡歌手のチュイート・エル・デ・バジャモ ンやラミートのアルバムには必ずといっていいほどアギナルドが含まれている。スペイン文化の名残と言える脚韻を踏む形で詞が構成され、「ロレライ節」とも言われるプエルトリコ独特の節回しで歌われる。他の地域でもAguinaldoと いう名称はクリスマス・ソング一般を指す名称として使われるが、プエルトリコのそれは一定の形式を指しているようだ。「パランダ」(Parranda)というのもある。一般的に使うところも、形式名として使うところもあるようだが、ベネズエラのパランダはなかなか特徴がある。トリニダード=トバゴに残る「パラン」(Parang)も同じ流れだろう。トリニダードは元英国領で、公用語も英語だが、それ以前はスペイン領であり、当時の伝統も残っている。パランの中にスペイン語で歌われるものがあることが元はスペインの伝統だったことを示している。

 アンデス地域ではヴィジャンシーコ (Villancico)やチュントゥンキ (Chuntunqui)とクリスマス・ソングを呼ぶことが多い。その中でも「ウアチトリート」(地域によってHuachitorito、Huachi Torito、Wachi Toritoなど表記はいろ いろ)という曲は国境をまたいで南米地域で広く知られた伝承曲で、その起源はかなり古いのだろうと推測される。

 南米のクリスマス・ソングで忘れられないのが、アルゼンチンのピアニスト、アリエル・ラミレスがミサ曲にフォルクローレの要素を加えて作曲した「ミサ・クリオージャ」。1964年頃に発表されたもので、歌の歌詞は伝統的なミサのままで、音楽にビダーラ、カルナバリート、チャカレーラ、タキラリなどの形式を使い、混声合唱の他にフォルクローレ・コーラスのロス・フロンテリーソスを加え、伴奏にもチャランゴ、サンポーニャなどの民俗楽器を加えた。レコードでは裏面に「私たちのクリスマス」(Navidad Nuestra)というクリスマスをテーマにした新作フォルクローレ歌曲( 作詞はフェリクス・ルナ)の組曲が収められ、大きなヒットとなった。特に「私たちのクリスマス」中の「巡礼」(La peregrinacion)は単独の楽曲としてもポピュラーとなり、フランスで盗作騒ぎまで巻き起こったという。

 同様のヒットを狙ってスペインで「ミサ・フラメンカ」「ミサ・モサラベ」、アフリカで「ミサ・ルバ」などが次々に制作されたが、「ミサ・クリオージャ」の成功を超えることは出来なかった。「ミサ・クリオージャ」はその後もさまざまなアーティストによって録音され、87年にスペインの名テノール歌手ホセ・カレーラス、昨年にはアルゼンチン・フォルクローレの重鎮メルセデス・ソーサが歌ったCDが出て話題を呼んだ。

 話は変わるが、10年ほど前、山下達郎、佐野元春らの和製クリスマス・ソングがヒットしたのを受けて、ラテン系のクリスマス・アルバムが日本でもいくつか発売されたことがあった。企画先行で内容が伴わない作品もあったが、個人的なお勧めをご紹介しておこう(とはいってもいずれも廃盤になったまま。来年の再発売を期待して記しておく)。

(1) ポニーキャニオン=Walt Disney Records PCCD-00134「情熱のラテン・クリスマス」
(2) アルファ BLD-101 「マンハッタン・クリスマス/ニューヨーク・ラテン・ジャズ・オールスターズ」
(3) MELDAC MECP-28001 「BOSSA NOVA WONDERLAND 南の国のクリスマス」

 (1)はメキシコ・シティにあるエイズ末期患者のための施設などへのチャリティーとして1994年に企画されたもので 、まだ日本では売り出し前だったリッキー・マーティン、ラテン・ジャズ王のテイト・プエンテ、サルサの女王セリア・クルス、メキシコの(元?)貴公子フアン・ガブリエル、ブラジルのシューシャからプラシド・ドミンゴに至るまで豪華な布陣で、有名曲のアレンジとクリスマスをテーマにした曲が半々。

(2)は1990年の発売で、サルサ界の実力派+ラテン好きのジャズメンを集めて、有名曲がラテン・ジャズ・アレンジで 並ぶ。ソロに終始せず、アンサンブルで聞かせる部分が多いのがミソ。同タイプの企画でアメリカ盤 Concord=Playboy Jazz PBD-7501-2 "Playboy's Latin Jazz Christmas"が2001年に出ていて、こちらも悪くない。ちょっとソロが長め だが。

(3) は日本の企画による1991年盤。オス・カリオカス、ワンダ・サー、クアルテート・エン・シー、カルロス・リラなどボサノヴァ顔のベテランによるアレンジ&クリスマスの雰囲気に合いそうなボサノヴァ名曲集。全体の暖かいトーンが印象的だが、ボサノヴァが盛り上がったのは少し後だったからちょっと出すのが早過ぎたか? 2000年の小野リサのクリスマス・アルバムは結構売れたらしいが...

 クリスマス・アルバムは(当たり前の話だが)クリスマスの時期にしか売れない。1月になれば翌年末まで不良在庫になる。それだけにビッグ・ヒットが期待出来ないラテンの分野で季節限定商品を出すのは冒険である。とは言え、幅広く聞いてみると結構面白いものである。