■■Panchitoのラテン音楽ワールド■■

Archivo #022
ペルー黒人音楽の魅力〜その小史と名盤のすすめ

(左上)米LUAKA BOP 72438-11946-2-1 "Espiritu vivo/SUSANA BACA"

(右上)ペルーVIRREY CD-VIR-00001438 "Cumamana/NICOMEDES SANTA CRUZ"

(左)独NETWORK 35834 "Ritmo de negros/PEPE VAZQUEZ"

「ペルーの黒人音楽」といってもピンと来ない人は多いかもしれない。確かに一般には「コンドルは飛んでいく」に代表される、ケーナやチャランゴで奏でられる山岳地方のフォルクローレが世界的によく知られたペルー音楽の姿だろう。しかしスペイン植民地の拠点として早くから発展した首都リマでは黒人奴隷も数多く導入され、17世紀にはリマの人口の3分の2が黒人系だったというデータもあるほど増えた時期もあり、都市における黒人文化の影響は決して少なくないのだ。現在の人口統計では海岸地方に暮らす数%に留まるようだが、何らか形で黒人の血を引くペルー人の割合は決して低くないはず。

 ペルーの黒人の影響を受けた音楽で古い伝統を持つのはフェステホ(festejo)、サンバ ・ランドー(samba lando)、サマクエカ(zamacueca)などで、特に18世紀に流行したサマクエカは、チリの国民舞踊「クエカ」とアルゼンチン北西部のフォルクローレ「サンバ」(zamba)のルーツともされるもので、南米フォルクローレの大きな流れを作りだした音楽で もある。

 しかしその後アフロ系人口の減少(混血)によって衰退、リマではヨーロッパのワルツがペルー化したバルス・ペルアーノ(vals peruano)やマリネーラ(marinera)が流行する。黒人演奏家たちがそれらの音楽にアフリカ的なアクセントを加えて演奏することも多かったが、黒人性を全面に押し出し強調するような音楽は一旦影をひそめてしまう。

 しかしその後1950年代末にポルフィリオ・バスケス、ニコメデス・サンタクルスらがアフロ・ペルー音楽や舞踊を積極的に復活させて以降盛んになり、近年では海外で注目を集めるアーティストも登場するようになってきた。

 ペルーのアフロ系音楽はカリブ海のそれとは一味違い、8分の6拍子が基礎にある。またキューバ系音楽で使われるコンガ、ボンゴ、ティンバレスなどは通常使用されず、木の箱にまたがって叩くカホンが中心であり、打楽器のサウンドよりもリズムののりやうねり、歌のアクセントなどにアフロっぽさが発揮されることになる。

 復活後のアフロ・ペルー音楽の名演を聞きたいのであればテイクオフ TKF-2821「アフ ロ・ペルー音楽の律動」が最適。名門コンフント・ペルー・ネグロの6曲を始め、ニコメデス・サンタクルス、コンフント・ヘンテ・モレーナなど70年代の録音が中心で、「トロ・マタ」「オジータ・ノ・マ」などこの分野のスタンダード曲が収録されている。テイクオフ配給分にはもう1枚、TKF-2828「ビクトリア・サンタ・クルスと仲間たち」もあり、前半はニコメデスの姉ビクトリア、後半はコンフント・ヘンテ・モレーナを収録した優れた内容で、アフロ系音楽とワルツなどクリオージョ音楽の接点をわかりやすく聞かせてくれる。輸入盤ではトーキング・ヘッズのリーダーだったデイヴィッド・バーン選曲の米LUAKA BOP 9 45878-2 "Afro-Peruvian Classics - The Soul of Black Peru"、フランスの 民俗音楽専門レーベルによる仏A.S.P.I.C. V55515 "Peru - Musica negra"がよい。

 単一アーティストでじっくり聞きたいという人には巨匠ニコメデス・サンタクルスが自ら説明を加えながら演奏する研究派向きの作品=ペルーVIRREY CD-VIR-00001438 "Cumamana"、日本のペルー人コミュニティのために来日したこともあるアルトゥーロ・サンボ・ カベーロのペルー盤=IEMPSA 91150003 "Y...siguen festejando juntos"(オスカル・アビレス、ルシーラ・カンポスとの共演)、サンタクルスと並ぶ先駆者ポルフィリオ・バスケスの息子ペペ・バスケスのエンターテイナーぶりがよく出た作品=独NETWORK 35834 "Ritmo de negros"、メキシコでスターとなったペルー人歌手タニア・リベルターの洗練さ れた94年作品=墨COLUMBIA CDMN470888 "Africa en America"などがお勧め。

 しかし近年海外で注目を浴びているのは、デイヴィッド・バーンに単独でも紹介されたスサーナ・バカ(Susana Baca)である。バーンのレーベルLUAKA BOP以外から出されたものも含めてすでに6〜7枚のアルバムを出しているのではないかと思うが、いずれも飾ることのないシンプルなスタイルでストレートにアフロ・ペルー音楽の魅力を伝えている。

 筆者は1998年、ブエノスアイレスのライヴ・ハウス LA TRASTIENDAでスサーナ・バカのステージを観ることが出来た。ジャケットで見るよりおばあちゃんだったことにびっくりしたが、オーバーな表現をすることもなく、自己の伝統に従ってひたすら歌い続ける姿にはけだるく枯れた味わいさえ感じさせた。決して歌がうまいとは思わないが、存在感のあふれる印象的なステージだった。

 最新作は2001年のニューヨーク録音LUAKA BOP 72438-11946-2-1 "Espiritu vivo"。キ ューバ音楽に挑戦したことでも話題になったユニークなニューヨークのギタリスト、マーク・リボーが参加しているが全体のトーンは落ち着いたもので、静かな曲でのスサーナの語り口はポルトガルのファドのようですらある。アフロ・ペルーの名曲「トロ・マタ」、伝承曲「カラクンベ」があるかと思えば、モンゴ・サンタマリアの「アフロ・ブルー」、シャンソンの「枯れ葉」(歌はフランス語)、カエターノ・ベローゾの「5月13日」、果てはビョークの"The anchor song"までと、アフロへのこだわりから少し離れた選曲に これまでの路線の違いが感じ取れる。

 ペルーの黒人音楽は少数派人種の文化的アイデンティティとして興味深いだけでなく、時代を経て深く浸透していった「黒人らしさ」のバランスよい表出が、植民地時代の異文化接触の結晶を見せてもくれるのだ。