第13話 「お土産はいかが?」

左からラウル、オスカル、イルマ。とにかくみんな仲がいい。

 泊めてもらうにあたって、ぼくらは家族みんなに一つずつプレゼントを用意してきた。たまたまダイニングに集まっている女性陣に、ぼくらはうやうやしく授与式を開始することにした。オアハカ到着初日もすでに夕方になりつつある。このチャンスを逃すまいとぼくは寝室に入り、トランクの中からそっとみんなへのプレゼントを取り出した。

 まずはココ、イルマ、ルーに小ぶりのピアスを。

 メキシコでは生まれたらすぐ、赤ちゃんの耳たぶに穴を開けるのが習慣みたいだ。夫人の初孫マーフェルとぼくが初対面したとき、生後数日なのに、もう金の小さな玉の付いたピアスをしていて驚いたのをよく覚えている。お母さんのココはピアスの芯が耳の穴に貼り付かないよう、丸い玉をつまんではときどき回していた。こんな風にピアスは生まれたときから耳の一部分なのだから、18金のピアスは間違いなく喜ばれる。あまりに身近で、いくつあってもいいものだから。

 ぼくはちょっともったいぶりながら、小さな箱をひとりひとりに手渡し始めた。本当に小さなピアスだけど、ぼくらの感謝の気持はどんなプレゼントにも負けないぐらい大きいはずだ...。

 「見て!こんなデザイン見たことないよ」

 「これ、18金?こっちでは最近10金が多くなってきたからねえ」

 「きれいだねえ」

 「ねえ、毎月遊びに来てよ」

 「だめだよ、毎週来てもらうの!」

 みんな口々に好きなことを言っている。ぼくがもっと頻繁にお土産を持って泊まりに来ればいいのにと、大笑いしながら冗談を言い合っている。冗談じゃなく、本当にそうできればいいのにと思う。

 他の人には悪いが夫人には特別にパールのペンダントトップが付いたネックレスを渡した。部屋の用意や食事など、何から何まで無理なお願いは全部夫人にしてしまったから、やっぱりプレゼントも特別扱いだ。何しろぼくらは、他のホームステイ希望者を押しのけて部屋を用意してもらったかも知れないのだ。

 トップの部分にパールが一つ、その周りを細い18金の輪が囲むデザインで、その繊細さがぼくとキオ両方の目に留まり、絶対に喜んでもらえることを確信したのだ。おまけにぼくが仕入れたダイヤがその18金の部分にちりばめられているから、プレゼントにはもってこいだ。

 そしてやっぱり夫人は大喜びしてくれた。

 「すごくきれいだよ! これは日本の真珠でしょ。え? このダイヤモンドはあんたが仕入れているの? それにこのチェーンのデザイン、こっちじゃあ見たことないよ」

 「そう、デザインが細かくてきれいだよね。これならイルマも使えるし」

 「いやだ。私だけのものだよ、これは!」

 夫人はおどけて箱を閉じ、大げさにそれを隠す真似をした。とにかく大成功だ。

 それにしてもみんな喜びを表現するのがうまい。満面の笑み。もらったものをお互い「それいいね」と言い合っている。その場がワイワイとすごく盛り上がる。そんなに喜んでもらったら、うれしくなってまたいろいろ探してこようと思ってしまう。そんな純粋なぼくはもしかしたら彼女たちの巧妙な作戦にまんまとのせられているのかも知れない。

 そして次にココの娘2人へのプレゼントだ。好奇心旺盛なこの子達にぼくらが選んだのは、電池で動くプラスチックのねずみだった。手を近づけるとセンサーが働き、青いスケルトンのねずみが逃げ回る仕掛けになっているおもちゃだ。大きさはマーフェルやサラの手のひらに載るぐらいのものだ。

 だけどこのプレゼントには、実はまったく自信がなかったのだ。おもちゃ自体を気に入ってもらえるかではなく、本当に箱の説明通り動くのかが頼りない。出発直前に大急ぎで買ったため、中身も確かめずに荷物の中に詰め込んだ。移動中トランクの中で衝撃を受けて壊れたりしてはいないかもすごく不安だ。微妙な接触不良でセンサーがうまく働かなかったら、このねずみはただの置物になって、せっかくの面白味がなくなってしまう。だけど残念ながら壊れてしまっていて文句が言えない、そんな値段の品物だったのだ。

 ぼくとキオはこんなときだけ日本語でぼそぼそとお互いの不安を打ち明けた。聞かれたくないことがあると、ずるいのは分かっていてもだいたいぼくらの間では日本語だ。でもそんな心配をよそに、お母さんのココはバリバリ包装をはいでいる。その手が余りに要領よく箱を開けるので、ぼくらのドキドキは一瞬で頂点にまで引き上げられた。

 「手を近づけると、走り出して逃げるみたいなんだけどね...」

 ぼくの弱々しい説明を聞いてココがそっとねずみに手を近づけた。が、ねずみは無反応のままだ。

 (まずい、動かないよー、どうしましょ)

 「ちょっと、裏側のスイッチ確認してみて」

 ONとOFFを確認してもう一度。

 うんともすんとも言わない。これはまったくもって悪い予感が的中したかも知れない。まるで大仕掛けの手品に失敗したみたいだ。しらける前に何とかしたいが、なすすべがない。

 「電池がないんじゃないの?」

 イルマの声が上がる。よく見ると言うとおり電池が入っていない。だけどいくら探しても箱の中に入っていない。でもそんな値段のものなのだ。電池ぐらい付属で入れておいてくれよ、と不親切なおもちゃメーカーに心の中でぶつぶつ不平を言った。よりによって必要なのは単5形1本で、そんな特殊な電池は普通の家庭にはないに決まっている。みんなの注目の的になっている当のねずみは黙ったままだし、電池は手元にない。こんなことならやっぱり日本で動くかどうか試しておくべきだった。渡してすぐ動かなけりゃ、もらう方も渡す方もうれしさが半減してしまうじゃないか。

 「そう言えば私の目覚まし時計に入っている電池、これと同じ大きさだったかもしれないわねえ」

 夫人がそう言って自分の寝室へいそいそ入っていった。もしかしたら助かったかも知れない。テーブルに戻ってきた夫人の手には、ぼくが以前プレゼントした小さな黒い目覚まし時計が載っていた。そう言えば朝起きられないとこぼす夫人に、ぼくが予備で持ってきていた小さな時計をあげたことが、あった。もう8年も前だから忘れていたが、彼女は大事にその目覚ましを毎朝使ってくれていたのだという。そしてその中に何と今みんなが一番待ち望んでいる単5形の電池があったのだ。

 「しっかり+−を確認して」

 誰かがココに言った。みんなの眼がらんらんとしていて、その輝きがぼくには痛い。ココがねずみに命を吹き込むべく、電池を入れた。

 ――それでもねずみはやっぱり動かなかった。時計はその電池でちゃんと動いているのに、ねずみは眠ったままだ。ぼくはこの時点でねずみに夢中になっているマーフェルとサラに聞こえないよう内緒でココに謝った。

 「動かなかったらごめん。もしかして新しい電池入れたら動くかも知れないけど、それでもやっぱり動かなかったらあきらめるしかないよ」

 ココは今か今かと動き出すのを楽しみにしている子供たちを前に、え? とやや引きつった表情をしたが、気を取り直してぼくにウィンクして見せた。まかせといて、と。

 「またどっかで電池買っておくよ」

 イルマが言い、何となくその場がごまかされたが、当のマーフェルとサラは、動かないねずみを無理やり自分たちの手で走らせてうれしそうに遊んでいる。そんな無邪気な姿もまばゆく輝いていて、ぼくには痛い。

 何とかその場を取り繕おうとぼくはとっさにダイヤモンドの仕入れについて話をし、みんなの関心をひいた。イルマにあげたピアスや夫人のネックレスには、小粒だけどぼくが仕入れたダイヤモンドが「あしらって」あったからだ。苦肉の策だが、特にココと夫人はへえーと感心してくれた。

 「わたし、ディスカバリーっていう番組で見たよ。ダイヤモンドがどうやって流通しているか。アフリカの鉱山から原石を掘ってきて、ベルギーで研磨してユダヤ人が商売するんでしょ」

 ココは突っ込んだ話までいろいろ聞きたがった。この人はつくづくおしゃれ好きだ。だから宝石の話にも目がないらしい。

 「そうそう。まあ、ぼくはインド人相手に商売やってるんだけどね」

 「契約書が無いって番組で言っていたけど本当?」

 「よく知ってるねー、値段を交渉して握手したらそれがもう変えられない約束になるんだよ。だから書類は一切存在しない」

 ぼくはいろんなことを知っているココに驚いた。

 「男の約束ってやつだね」

 夫人が自分の右手と左手を握手させておどけて見せた。

 そんな話をしているうちに、イルマがマーフェルと手をつないでダイニングに入ってきた。いつの間にか近くの雑貨屋で単5電池を見つけて買ってきたのだ。よくあったねと感心する反面、これでぼくらはいよいよ追い詰められてしまった。ここまでしてもらって動かなかったら、ねずみはもともとの不良品か、移動中に永い冬眠に入ってしまったのだ。でもきっとさっき時計からはずした電池は、古くてエネルギー不足だったと信じたい。多少古くても時計は動くが、こんなパワー消費型のおもちゃには少々力が足りなかったに違いない。

 電池をそそくさと入れるイルマ。ちょっと銀行に勤めだしてから仕事がテキパキし過ぎだ。祈るぼくとキオを尻目に、そらされていたはずのみんなの注意が、またこの電動ねずみにこれでもかと注がれている。

 (神よ...)

 落胆するみんなの表情を予想して、ぼくはキリスト教徒でもないのに心の中で十字を切った。こんなときだけ都合のいい神頼みだ。

 (やっぱり、こんなややこしい仕掛けのおもちゃはやめた方がよかった、頼むから動いてちょうだい)

 マーフェルがみんなを代表してそっと手を近づける。その動きがスローモーションみたいだ。ぼくは動かなかったときどういい訳しようかということばかり考えている。

 ほとんどあきらめて違う方向に目をやっていたぼくは、次の瞬間ぜんまい音とともにみんなの歓声を聞いたのだ。「ウィーン」と音をたててねずみは動き出した。逃げては止まっている。かざした手に背を向け自由自在に逃げ回る。その滑稽な動きとおもちゃのアイデアに、自分で選んでおきながらちょっと感動した。ココもホッとした表情でぼくに目をやった。マーフェルとサラが交代でねずみに手を近づけてはきゃっきゃと騒いでいる。男の兄弟だったら間違いなく取り合いになるところなのにこの2人は仲がいい。

 本当に胸を撫で下ろすとはこのことだ。痛かったぼくの心も安らぎを取り戻した。ココもさぞホッとしただろう。こんな紆余曲折を経てやっと命を授かったねずみのおかげで、にわか神頼みをしていたぼくも命拾いをした。そしてぼくとキオは、人にあげるものは、ちゃんと中身を確認し、万全の状態で渡すべきだと改めて肝に銘じたのだった。

  


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