第14話 「オアハカでの1日目は、こんな風にして終わった」

エル・メソンのおばさん。手際よくトルティージャに火を通す。

 「友達のガブリエルから電話だよ!」

 仕事から戻ったオスカルが台所にある電話の受話器を持ち上げ、大きな声でぼくを呼んだ。到着してからずっとこの電話を待っていたのだ。ガブリエルにはこの滞在で絶対に会わなくてはならない。

 オアハカに住みだして間もなく知り合った彼は、観光が盛んなこの街で最も売れっ子のガイドだ。忙しい人だけにまったくつかまらず、ひやひやしていたところへやっと電話がかかってきた。彼の案内がないとぼくらが目指すサン・マルティン村に行けなくなる。その村で生み出されるウッドクラフト、「アレブリヘス」を今回どうしても買いに行きたかったのだ。

 「許して、ホントにごめん。いろいろ忙しくて、今まで連絡できなかったんだ」

 受話器の向こうから、ハイトーンでやわらかい声が聞こえてきた。本当にガブリエルだ。久しぶりに聞く彼の声はまったく変わってなくてぼくを安心させた。ところで本当に1日をぼくらと過ごすだけの時間の余裕があるのだろうか――。

 8年前のある日、懸命にスペイン語と悪戦苦闘しているぼくに、日本人だというただそれだけで通訳の仕事が回ってきたことがあった。日本から大事なお客さんが来るから、通訳として付き添ってくれと旅行代理店から電話が入ったのだ。滞在3ヶ月程度の語学力で、通訳なんかできるわけも無いのに、何を血迷ったか「何事も経験だ」とぼくはその依頼に勇敢に立ち向かってしまった。そしてそのときガイドとして雇われていたのがガブリエルだ。

 ぼくがそのとき通訳を頼まれた日本からのお客さんは、岐阜県で陶器の会社を経営している男性2人だった。モンテレイ州にある陶器製造会社に技術提供しているという。技術協力を受ける側のメキシコ人経営者たちがその2人を接待しにオアハカ観光に来るというわけだ。今考えたら、ただの観光ではなく、商談の絡んだ大事な場面。結局ぼくのいい加減な通訳ではあまり役に立てなかったが、その仕事で最高の収穫だったのは、初めて通訳をしたことより、ガブリエルと知り合ったことだったのではないだろうか。

 どれほど彼がガイドとして売れっ子かと言えば、日産のメキシコ支社長がオアハカに来たときに彼がガイドとして抜擢されたことでもよく分かる。それぐらい旅行代理店に人気があるガブリエルに、ぼくらは多忙なのを承知でサン・マルティン村までの案内を頼んだのだ。

 サン・マルティン村には、ぼくらの大好きな「アレブリヘス」がわんさかある。ユニークな動物のウッドクラフトを創り出す職人たちに、生産地まで直接会いに行くことをぼくらはこの旅の一つの目的にしていた。知り合いの紹介なしでは作品を見ることさえ難しいこの村へ出向き、自分の「腕」だけを頼りに生きる木彫り職人たちの仕事振りを、目にしっかりと焼き付けておきたかったのだ。

 「結構遠いから、朝早くから出た方がいいよ」

 そう言いながら、ガブリエルは午後4時からイタリア語ガイドのためのコースを受講していることも付け加えた。つまり朝から午後4時までしか時間は無い。

 「そうだね、できるだけ向こうでゆっくりしたいからね。何時からだったら職人に会えるの?」

 「9時過ぎならいつでも大丈夫だよ」

 「じゃあ、朝8時に出発しようか」

 「分かった。グスマン家に泊まってるんでしょ? 8時に家に行くから待ってて。本当に連絡が遅れてごめん。キオにもよろしく言っといて...」

 ぼくはガブリエルがグスマン家の場所をちゃんと覚えているようだったので、何だかうれしくなった。

 オアハカでの最初の夜を、ぼくら3人は外で夕食を取りながら過ごすことにした。グスマン家でみんなと一緒に食べるのも悪くないが、アチャにはせっかくメキシコへ来たのだからタコスなんかを食べに連れて行ってあげたい。だからソカロのすぐ側にあるレストラン、エル・メソンのカウンターで、シェフが手際よく焼く肉や玉ねぎ、そして時折大きな鉄板に上がる炎を見ながらいろんなものを少しずつ食べた。

 レストランの大きく開いた入り口は扉がなく開放的だ。店の中に煙がこもらないようにする知恵なのだろう。外の往来を眺めながらドス・エキスのラガーをラッパ飲みし、ゆっくりその場所の味と熱気を楽しむことができる。

 カウンターの中のシェフは若く仕事が素早い。太い腕が軽快に注文をさばく様は見ていて、楽しい。無言で玉ねぎを刻みながら、彼は体の中で常にリズムを刻んでいるみたいだ。

 サクサク、サクサク。

 入り口の脇では、スライス肉が何十枚も重ねられ、串刺し状態で火にあぶられている。タコスを出す店には、店先でこの串刺し肉が食欲をそそるシンボルとしてよく置かれている。そしてよく火の通ったこの肉を削ぎ落としたものが、ぼくのずっと食べたかった「タコス・アル・パストール」の具となるのだ。その隣では、白いエプロンをしたおばさんが、トルティージャをこまめにひっくり返して焼いている。いろんな場所で何度も見た光景だ。

タコス屋の宣伝塔、タコス・アル・パストール。

 店から外へ出ると、8月だというのに夜の空気は少し肌寒い。食後の腹ごなしに少しソカロを散歩していると8人ぐらいで編成されたバンドが、スタンダードなマリアッチナンバーを演奏していた。男たちの声は低くて大きい。人だかりでその姿はよく見えないが、石造りの噴水の縁に腰掛け、聞こえてくる歌の断片を口ずさむだけでぼくには十分だった。音が、歌が腹の底に響く。

 ぼくは郵便局の前に並んだ公衆電話にテレホンカードを突っ込みアルトゥーロと明日の夜会う約束をした。学生時代に知り合った同世代の友人は6年の間にどう変わっているんだろう。 

 そしてフロールにも。彼女とはお互いスペイン語と日本語を教え合うという名目で、週に1度はおしゃべりをした。現在アメリカの大学で勉強している彼女だが、まるでぼくと申し合わせたかのようにたった4日間だけオアハカに里帰りしていたのだ。こんな風にぼくは、ロサンジェルスでとった遅れを強引に取り戻すべく、あっという間にいろんな約束を取り付けた。オアハカでいられる時間はあと2日半しか残されていない。

 すっかり暮れてしまったオアハカの夜は、ほどよい冷気でぼくの興奮を徐々に冷まそうとしているのだろうか。バイオリンやトランペットが繰り出す温かくて懐かしいメロディーが、心地良い疲れと眠気の中にぼくをゆっくり吸い寄せていく。

 そろそろ家に帰る時間だ...。

  


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