2話

調味料がずらっとならんでいて、
それぞれにラベルが几帳面に貼られている。
シルビオ通信

*今回から菊川クンの横顔がのぞけるシルビオ通信始めました。激励のメールも待っています!

先日、友達に夕食をごちそうになりびっくりした。息子の幼稚園卒園式+春分の日ということもあったのか、なんとメニューは赤飯とおはぎ。あずきともち米だけでご飯を済ませるなんて。だいたい甘いものがご飯のおかずだなんてちょっとカルチャーショックでした…。みなさん、そういうのってありですか?

 「やっと来たか?」

 おじさんは待ち構えていたという感じで僕に向かって言った。

「準備オーケーです」
 弟子入り二日目は、午後三時から肉の仕込みの日だ。ここからがポソレの味を決めるかんじんな部分だ。 一日目に仕込んだとうもろこしはすでに寸胴の中でできあがっている。真中からぱっかりと開いた白いとうもろこしは、最初の固さから考えるとくらべものにならないほどやわらかく、一粒一粒が水分を含んで大きくなっている。僕は一粒食べさせてもらう。そしてそれは完璧だった。固すぎず、かと言ってふにゃふにゃでもなく、ほどよい歯ごたえがある。エウセビオ師匠の表情は「どうだ」と言わんばかりに自信がみなぎっている。

 午後の店は従業員の女の子たちがいなかったせいかいくぶん広く感じられた。入り口に近いテーブルには、野菜がどっさりと置いてある。店のメニューにはたまねぎやにんじん、唐辛子、トマト、キャベツ、レタス、アボガド、レモンなどがふんだんに使われるのだが、無造作に積まれた調理前の野菜はカラフルで、見ているだけで相当楽しい。そして肉が到着した。浅黒い肌の青年が箱をかついで店の中にどやどやと入ってきた。テーブルにどかりと置かれた肉塊はビニール袋につめられて狭そうだ。

 袋の中身をシンクにぶちまけたおじさんは、何の前ぶれもなく仕込み方の説明を始めた。作業が一段落するまで決しておしゃべりは許されない。

「ここからここまでや。ここからここまでの調味料をまず鍋に入れる」

 スプーンですくいとっては次々とハーブや調味料を鍋にざかざかと入れていく。 オレガノ、タイム、塩、にんにく、ローレル、胡椒……。オレガノやタイムなどのハーブ類は葉のままで、胡椒は粗挽きどころか丸い粒のまま、にんにくはそのまま半分ばりっと割って皮ごと入れてしまう大胆さだ。狭い厨房の上方にある棚にはプラスチックの赤い調味料箱がずらっと並んでいて、一つ一つに中身を示すラベルがセロテープで貼られている。ワープロで打ち出した文字は読みやすい。師匠は顔に似合わず整理好きみたいだ。

 肉も調味料と同じように大雑把に鍋に入れる。鶏肉は一羽まるまま、豚はもも肉(ピエルナ)と膝(コディージョ)のあたりの肉を塊のまま使う。「コディージョ」と言われてどこの部分をさしているのかピンとこず何度も聞き返していると、おじさんは紙切れに豚の絵を描いた。見るからに絵は得意ではないし、それはすごく当然のことに思われた。彼の専門は絵ではなくて料理なのだ。なのに懸命に豚らしきものをスケッチしてくれて、「←codillo」とちょうど膝の部分から線を引っ張った。それが僕には妙に嬉しかった。

「日本に帰ったら圧力鍋あるか?」

「僕は持ってないけど、買えば買えないこともない」

おじさんは、四つも圧力鍋を用意して、同時に肉を煮込むつもりだ。

「いや、買わんでもええんよ。ただ火を止めるタイミングが圧力鍋を使うかどうかで変わってくるだけやから」

 さっきからふたの内側にゴムをはめ込むのに苦労している。鍋から蒸気が漏れないようにするあの内側のゴム輪だ。使い込みすぎてどうやら伸びて外れてしまったらしい。それにしても四つとも見事にぶよぶよ伸びきってなかなかふたの内側におさまりそうにない。必死にはめ込もうとしては外れるこの光景が毎日繰り返されるんだなと思うと何だかおじさんがすごくいいやつに見えてきていとおしくなる。

 鶏肉と豚肉は別の鍋に入れ、豚三鍋、鶏一鍋で寸胴に火が入った。「圧力鍋なら二時間で肉はできあがる。もし圧力鍋を使わん場合は水を何回も加えながら三時間はかかるな」

 僕は言われたことを逐一メモに取った。おじさんは僕がいろいろと書きこめるように、オーダーを取るときに使うプラスチック製のボードを貸してくれている。途中何度も通り掛かりの人が、店が開いているのか、持ちかえりはできるのかと尋ねてきたが、おじさんは一貫して「いや。開店は六時です」とぶっきらぼうに答えた。どうしてそんなにかたくなに拒むのかを僕は知りたくなった。持ちかえりのタコスぐらいは用意できるはずだ。だけどおじさんは、それはできないと僕に答えた。

「準備万端になってからでないと、店を開けたない。用意できてないのに客を入れても待たせるだけや」

「でもせっかく来てくれたお客さんやで」

「いや、用意してる間にもいいにおいを客はかぐ。こうやって立ち止まってくれる客は店を開けたらまた絶対に帰ってくるんや」

 自信にみなぎった余裕の笑みを見せた。僕にもなぜか笑いがこみ上げてきた。商売を成功させる人に言えること、それは自分の出す商品に対する揺るぎない−ときに過剰なまでの自信なのだ。そしてそれを裏付ける豊富な経験。彼のこの余裕の笑みを僕はきっと忘れない。


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