3話

包丁さばきも、ここまでくると芸になる
シルビオ通信

CafeMexicoの読者の女性と偶然話す機会がありました。サーチで検索していて行き当たったんだそうです。大学生の頃からメキシコにちょくちょく行っていたそうで、行くとずっぽりはまって帰ってくる。そしてしばらくするとまた行きたくなるんだそうです。自分もおんなじだなーと思いました。僕はできればいろんな方法やメディアを通じて、行ったことのない人にもそんな魅力の一部が伝わればなといつも考えています。たぶんCafe Mexicoのみんなもおんなじじゃないかな。

 ポソレの具は、一日目に仕込んだとうもろこしと今作っている肉がメインだ。スープはもちろん肉の煮汁を使う。だけど、実はそれと同じぐらいに大事な脇役がポソレにはたくさんある。トッピングに使われる野菜類とトルティージャを揚げたトスターダスだ。ラディッシュ、たまねぎ、キャベツ、レタスをそれぞれ千切りもしくは輪切りにする。
僕にもやってみろとお達しがきて、ラディッシュをスライスしたが、小さくて切りにくいったらありゃしない。半分を過ぎると手で押さえる場所がなくなってしまう。自慢じゃないが包丁使いには自信があった僕だが(学生の頃居酒屋で三年間厨房で料理していた)、これはちょっと厄介だ。おまけに包丁が馬鹿でかい。刃渡りは下手すると四十センチぐらいあって、怖いほどよく研がれている。
「ええ感じやないか。もうちょっと練習せんとあかんけどな」
師匠というのはどこの国でもほめたり、ときに厳しくしたりしながら弟子を育てていくものなのだ。そして隣で手本を示し始めた。大げさじゃなく刃が分身して見える。僕が一つスライスしている間におじさんは三つを終わらせていく。他の野菜も千切りにして、とうとうポソレの仕込みは完了した。
今度は付け合せのトスターダスを揚げる。
「ところでトルティージャは日本で売ってるんか?」
「ええ、まあ、手に入らないこともないです。でも高いです」
僕は通販で買えることを以前にどこかのホームページで見たことがあるから、結構その点に関しては気楽に考えていた。
「でも商売でやるんやったらそんな高いもん買ってたら割に合わんやろ。マセカは売ってないんか」、「マセカ」とはトルティージャ用コーンフラワーのメキシコ最大手ブランドだ。
「そんなん売ってるわけないですよ。だいたい日本人の主食は米やし」
「ああ、そうか……」
師匠は少し考えてから、倉庫の方へ行ってもぞもぞと何か探し始めた。
「あのな、これがマセカの袋や。それでここのところに本社の住所が載ってるやろ」おじさんは、その太い指で小麦粉袋に似たパッケージの成分表示の下を差した。
「ここに手紙書いて頼むんや。 もしかしたらインターネットでページがあるかも知れへん。商売用に大量に使うから、安い単価で輸出してくれってな。船便やったら結構運賃も安くつくはずや。」
このあたりの強引さが商売を成功に持っていく人の秘訣なんじゃないかと僕は思う。とにかく、あきらめずにやるということだけなのだ。可能性が薄かろうがやれることはすべてやる。
「とりあえず今回はマセカ自分で買って持って帰るわ。それでいずれ必要になったら輸入する」、そうして僕は二袋だけスーパーで買って持って帰ることにした。
その後師匠はものすごく決定的な質問を僕にしてきた。
「トルティージャを天日で乾かして、ぱりぱりにしてから揚げる。それでトスターダスはできあがりや。ところでおまえトルティージャを粉から作ったことあるんか?」
 トルティージャ、作ったことあるんか? って。そう言えばないよ。別に水を混ぜてこねて伸ばせばいいんでしょ? 
「いや、そんな簡単なもんやないで。粉に水を混ぜて生地を作るんやけど、それがどのぐらいの柔らかさかを体で覚えとかんとあかんし、それにトルティージャを円く伸ばす機械も持ってたほうがええ」
 僕はいろんなところで甘かったみたいだ。適当に水を混ぜてお皿とお皿の間に生地をはさんで伸ばし、最後にフライパンで焼けばいいと考えていただけなのだ。
「店の定休日の火曜日、調理器具の卸問屋に連れて行ったる。そこでトルティージャを作る機械を買って、ここで練習しょう」
 僕はその言葉に感激してしまった。休みの日にわざわざ店を空けてトルティージャの作り方を教えてくれるというのだ。
「どや、来るか?」
「当たり前やないですか」
 僕は感謝の気持ちでいっぱいになった。
 甘えっぱなしだが、この際とことんお世話になろう。


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